下鶴眼鏡橋は東京の「浅草橋」「江戸橋」(撤去)を架橋した、石工 橋本勘五郎が手掛けた橋です。熊本方面から宮崎に通ずる主要道路の大事な橋として利用されていましたが、老朽化に伴い現在は並行して新しい橋が架けられ、今は文化財として残されています。
因みに、皇居の「二重橋」は眼鏡橋ではなく、奥の高いところに見える橋のことで、記念写真をよく撮る、二連の石造りの眼鏡橋の名前は「皇居の眼鏡橋」です。
また、平成28年に八代市東陽村の石橋博物館「石匠館」を訪ねたときには、橋本勘五郎の子孫幸一さんが畑で生姜の収穫中のところ、快く対応していただき勘五郎の墓参りもさせていただき、帰りにはたくさんの生姜を土産に頂いたのを思い出しました。
下鶴眼鏡橋
架橋:明治19年(1886)
橋長:24.9メートル
橋幅: 5.65メートル
石工:橋本勘五郎、弥熊親子
川名:八瀬川
これは「トックリ」
橋本勘五郎さんの墓(合掌)
お土産(生姜)まで頂いて(感謝)
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