2020年2月10日月曜日

28、金濱眼鏡橋

平成28年(2016)11月25日8時10分長崎のホテルを出発、一昨日・昨日と平戸、諫早、世知原、長崎市内中島川等々の石橋・カトリック教会を見学し、今日は熊本の八代まで足を延ばします。251号線で橘湾を見ながら途中寄ったのが小浜温泉先の「金濱眼鏡橋」


この橋は金濱川の河口に位置し、2~300メートルで橘湾になりますそそぎます。南島原に降った雨は、大雨ともなるとしばしば氾濫し、弘化3年に石橋を架橋することになったとのことです。現在は海側に251号線、山側に30号線と道路が走り、その役目はほぼ終わっていますが、まだ現役の橋です。


橋を後に30号線を南下、長崎県南島原市の「口之津港」から島鉄フェリーで熊本天草市の「鬼池港」に渡り、天草五橋を経由、宇土市と北上、宇城市から「八代」に向かって南下します。


28、金濱眼鏡橋 (雲仙市小浜町金浜)

橋長:14.5メートル
橋幅: 3.6メートル
架橋:弘化3年(1846)
川名:金濱川

橋は大きなアーチの太鼓橋です。
 
欄干の先に251号線、その先に水平線が見えます。

 
橋には階段があり歩行者専用です。

島鉄フェリーは乗船時間30分

 

 

2020年2月9日日曜日

27、吉田橋

平成22年(2010)7月17日蔵王のホテルを8時に出発、上山市の石橋(既掲載/新橋・覗橋)を見て廻り、南陽市で寄ったのは「吉田橋」
県令三島通庸は、故郷薩摩の土木技師、奥野仲蔵を呼び寄せ、地元の石工吉田善之助と協力し明治13年に架橋された「吉田橋」(橋名は石工吉田の名から取ったそうです)
この後、高畠・米沢等の橋を見て帰郷予定。

27、吉田橋

橋長:9メートル
橋幅:6.4メートル
架橋:明治13年(1880)
川名:前川
石工:吉田善之助
設計:奥野仲蔵

 
橋の向こう川に並行してJR在来線に乗り入れ、山形新幹線の踏切が見えます。


 
河北地区では紅花畑を見学しました。(開花時期に合わせての旅でした)
 
 
 
 
 

 


2020年2月8日土曜日

26、岩戸橋

平成24年(2012)5月23日(水)佐伯のホテルを8時10分に出発、豊後大野の石橋を見ながら16時を過ぎたので予定の竹田の岡城見学は止めて、まっすぐ訪ねたのが「岩戸橋」今日最後の石橋です。

57号線から135号線に入り豊肥本線に沿って10km程進むと馬場の交差点、左折で直ぐに「岩戸大橋」を渡って右折、道なりに進むと500m程で前方に二つの石橋が見えてきました。

岡藩の年貢上納米運搬のために架けられた生活のための石橋です。それまで毎年台風のために被害が出ていましたが、村民の安全のために庄屋が岡藩に陳情、村民の手で架橋したそうです。

因みに、この竹田市は「たけた」と読みます。城の名は「岡城」。
天空の城で知られる「竹田城跡」は「たけだ」と読みますが、兵庫県朝来市。
フォークソングの「竹田の子守唄」も読みは「たけだ」ですが、元々は京都府伏見区竹田の民謡だそうです。

あっという間に、5時を過ぎました、今日は南阿蘇の休暇村に投宿です。

26、岩戸橋 (竹田市荻町馬場) 石造りアーチ橋

橋長:28.2メートル
橋幅: 4.4メートル
架橋:嘉永2年(1849)
川名:馬渡川
石工:後藤松五郎、久米蔵(肥後)

 
 
一番上の黄色い鉄橋は695線に架かる「岩戸大橋」、その下が「岩戸橋」その下、奥に「水路橋」と3段に並びます。
 
 
 
岩戸橋の路面、右に並行して新しい橋が架かっています。



2020年2月7日金曜日

25、倉渕橋

平成28年(2016)11月18日に自宅を出発、四国の大洲~八幡浜(フェリー)~大分を経由して今日は6日目、佐世保のホテルを8時20分に出発、先ず向かったのが世知原温泉「山暖簾」という宿泊施設、ここで石橋群の情報を教えていただきました。最初に見つけたのが「倉渕橋」です。

25、倉渕橋 (長崎県佐世保市世知原町)

橋長:20.6メートル
橋幅: 4.6メートル
架橋:大正8年(1919)3月
川名:佐々川

この橋は世知原のなかでは、最大の石橋だそうです。長崎県内でも、単一の石造りアーチ橋では一番長い橋です。長崎市内の中島川に架かる橋で、一番長い「長崎眼鏡橋」は、橋長23メートルですが、二連の石橋です。単一で一番長いのは「袋橋」で19.4メートルです。
特徴として輪石の積み方が、根元から要石に向かって徐々に小さく(薄く)なってゆき要石が大きく見えます。

 
普通に倉渕橋を車が走っています。


 
 
輪石が左根元から右上に徐々に小さくなっています。
 
中央にあるのが要石、一段と大きく見えます。
 
 

2020年2月6日木曜日

24、門前川眼鏡橋

平成24年(2012)5月24日南阿蘇休暇村を8時40分に出発、今日は福岡まで足を延ばすので、14時ころまでには高速に乗りたいですネ。

緑川の石橋を見た後、この日最後に寄ったのがこの橋、舗装された道路に「木倉小学校前」(麻生交通)というバス停の前にありました。

文化5年(1808)、江戸時代の人たちがこの橋を架け、200年を過ぎた今も利用されている現役の石造りアーチ橋です。輪石と輪石に穴を掘り、別の小石で繋いで輪石同士がずれないように工夫「楔(くさび)石工法」がありました。2010年緑川の「馬門橋」を訪ねたとき、欄干に同じような工夫がしてありました。

門前川眼鏡橋 熊本県上益城郡御船町木倉

橋長:7.4メートル
橋幅:2.7メートル
架橋:文化5年(1808) 
石工:理左衛門
 
輪石の繋目に小石が埋め込まれています
 

小学校の登下校に子供たちが利用するのかな?
 
※石工:理左衛門について、
「肥後の石工」には、いくつかの衆(集団)があったようです、理左衛門は、加藤清正の熊本城築城に関わった「近江の石工」をルーツとする仁平石工衆の石工でした。
 
近江の石工といえば、滋賀県近江、琵琶湖西岸穴太で生まれた、穴太衆(あのうしゅう)は、主に寺や城郭など「穴太積み」(野面積み)でも知られる石垣施工を行う技術者集団です。石工衆(いしくしゅう)、石垣職人(いしがきしょくにん)ともいわれ、日本の城の石崖8割以上の建設・修復に携わっているといわれます。安土城・竹田城・津山城・高知城や2016年4月の震災で被害のあった熊本城の石垣復興では現在も活躍しています。

 
 





2020年2月5日水曜日

23、幸橋

平成28年11月23日昨晩は、佐世保のホテルに泊まり、今朝は小雨のなか8時20分にホテルを出発、世知原町の石橋を見た後、平戸に向かいました。平戸港についたのは丁度昼どき、平戸港の食堂で「地魚定食」を食べ、平戸市役所前に架かる「幸橋」を見学しました。
現在は、平戸市役所玄関への通路として利用されています。

幸橋 (さいわいばし) 別名:オランダ橋

橋長:18.6メートル
橋幅: 5.1メートル
架橋:元禄15年(1702)
川名:鏡川
石工:当時平戸には様式のオランダ商館がありました。その建築は地元の石工にオランダ人が石積みの技術を指導、その石工たちが習得した技術を生かして架橋したそうです。

 
奥に平戸市役所

市役所へのアプローチは石橋を渡って!
 
すぐ近くに「ザビエル記念教会」


帰り路に立ち寄ったは「田平天主堂」

 

 


2020年2月4日火曜日

22、車橋

令和元年(2019)9月12日、自宅を出発して7日目、昨日は山鹿のホテルに夕方着いて、古い芝居小屋「八千代座」に行きましたが、17時を過ぎていたため生憎閉館していました。

今日は、8時27分にホテルを出発、山鹿・玉名の石橋を見て昼前には玉名を出ます。佐賀「徐福長寿館」を巡り小倉まで進みます。

玉名市で最後に訪ねたのは、「車橋」田圃の中の用水路にかかった可愛い橋です。農耕の際に人が渡るために作られた橋の様です。

車橋 (熊本県玉名市石貫吐合部落)はきあいぶらく

橋長:6.1メートル
橋幅:1.9メートル
架橋:歴史的な記録は無く、幕末から明治初期ではないか?といわれている様です。

 

要石(かなめいし)

 


2020年2月2日日曜日

21、笠松橋

笠松橋は、平成28年(2016)11月26日に訪ねています。

11月18日に自宅を出発、一気に愛媛の大洲まで足を延ばし、翌朝「肱川あらし」を見るつもりでしたが、生憎土砂降りの雨(インターネットの予報でも芳しくなかった) 早めに八幡浜三崎港からフェリーで大分に渡り投宿、その後、佐世保・長崎・天草などを経由して八代に25日に到着、翌日東陽町の石橋を巡りました。

「笠松橋」は、県道25線に沿った、河俣川に架かる明治2年に橋本勘五郎により架けられた石造りのアーチ橋です。

笠松橋 (熊本県八代市東陽町下久木野)

橋長:22.75メートル
橋幅: 2.75メートル
架橋:明治2年(1869)
川名:河俣川
石工:橋本勘五郎

歩行者専用の橋ですが、欄干もなく動画を撮影しながらの歩行は油断できません。

 

 
 

 


2020年2月1日土曜日

20、通潤橋

初めて通潤橋を訪ねたのは、平成22年11年18日緑川の橋を巡った後、福岡に向かう途中、矢部町に入ると、フロントグラスいっぱい、夕焼けに輝いた通潤橋が現れました。着いたのが5時過ぎ、時間が無く再訪することにしました。

次に行ったのが、2回目の九州石橋旅、平成24年5月24日でした。前回見逃した緑川の橋を見て廻りました。

通潤橋は、田畑の灌漑用に作られた水路橋です。田畑のある白糸台地は周囲を谷に囲まれ水源となる笹原川からは6キロ離れており、最後に五老ヶ滝川の谷を渡して水を送り込まなければばなりません。そこで考えられたのが連通管(サイホン式)の水路橋です。橋の上に石の管を一切水漏れの無い様につないで、対岸の大地に水を送り込まなければならない大工事だった様です。

潤橋 (つうじゅんきょう) 熊本県益城郡大和町(旧矢部町)城原

橋長:75.6メートル
橋幅: 6.3メートル
架橋:嘉永7年(1854)
川名:五老ヶ滝川
石工:宇市、丈八、甚平

石工の丈八は、後の橋本勘五郎、兄の宇市と弟の甚平と関わっています。
 



石の管を掃除するため定期的に放水があります。


2020年1月31日金曜日

19、若宮井路 笹無田石拱橋

若宮井路 笹無田石拱橋は、平成26年11月17日に訪ねました。

九州の石橋散策は3回目、自宅を出たのは11月15日、その日は因島のホテルに3時ごろに着き投宿、翌日道後温泉で汗を流したあと八幡浜三崎港からその日のフェリーで大分へ渡り投宿、そして3日目から石橋を廻りました。大分県竹田市で寄ったのが、この橋です。

この橋は大正4年に、朝地町の田畑へ水を送るための灌漑用水路として架橋されました。その後、大正6年に修復再建されました。

若宮井路 笹無田石拱橋 (わかみやいろささむたせっこうきょう) 「大分県竹田市」

橋長:59メートル
橋幅: 4メートル
架橋:大正6年(1917) 2連石造りアーチ橋
川名:笹無田川

 
橋は笹無田川の高いところに架かっています。
 
並行して「豊肥本線」その奥に442号線が走っています  (2020.8.7修復)
 
橋の上は水路です。

水路(橋)と並行して走る豊肥本線(朝地駅~豊後高田駅間)

 

2020年1月30日木曜日

18、覗橋 のぞきばし

平成22年7月、山形県河北地域の紅花の開花時期に合わせて、酒田の庄内竿と山形に残る石橋の見学を思いつき3日間の予定で尋ねました。15日に仙台でレンタカーを借りて県内を廻り、最終日に訪ねたのが上山市の楢下宿でした。今回は先日紹介「1、新橋」の200メートル程下流の「覗橋」です。

架橋は新橋より2年後1882年の架橋です。

覗橋 山形県上山市楢下

橋長:10.8メートル
橋幅: 3.5メートル
架橋:明治15年(1882)
川名:金山川
石材:大門石

 

 
 

 


154、菅野尾橋

しばらく、投稿をご無沙汰してしまいました。 平成26年11月17日、昨日は愛媛の佐多岬、三崎港からフェリーで17時頃に大分県の佐賀関港に上陸、大分で泊まりました。 この日は8時10分に大分のホテルを出発、竹田(たけた)市、豊後大野市の石橋を見ながら、8号線を南下、宮崎の高千...